発売年: 1985 開発元: Origin Systems ジャンル: RPG 初出ハード: Apple II 目安時間: 作品・遊び方により異なる

このゲームはどんな作品か

『Ultima IV』は、1985年にOrigin SystemsからApple II向けに発売されたRPGです。開発・発売はOrigin Systemsで、シリーズの中心人物であるRichard Garriottの名前とともに語られる、RPG史において非常に異質で重要な作品です。正式には『Ultima IV: Quest of the Avatar』として知られ、ブリタニアという世界を舞台に、プレイヤーが「アバタール」となるための旅を描きます。

本作が特別なのは、目的が単純な悪の打倒ではないことです。多くのRPGでは、魔王や邪神、邪悪な帝国など、倒すべき敵が明確に存在します。プレイヤーはレベルを上げ、武器を集め、ダンジョンを攻略し、最後に強大な悪を倒します。しかし『Ultima IV』では、中心にあるのは「徳」です。プレイヤーは、誠実、慈悲、勇敢、公正、献身、名誉、霊性、謙遜といった徳を体現し、アバタールと呼ばれる存在になることを目指します。

舞台となるブリタニアには、ロード・ブリティッシュの治める世界があり、各地の町、城、ダンジョン、神殿、海、島が存在します。プレイヤーは町の人々と会話し、仲間を集め、徳について学び、ルーンやマントラを探し、神殿で瞑想し、自らの行動を積み重ねながら旅を続けます。戦闘もありますが、戦闘で敵を倒すことだけが本作の中心ではありません。

会話システムも重要です。NPCに名前や仕事、健康状態、噂などを尋ね、言葉を入力しながら情報を得ていきます。今のRPGのように選択肢が整っているわけではなく、プレイヤー自身が何を聞くか考える必要があります。町の人々との会話から、世界の倫理や手がかりが少しずつ見えてくる構造です。

また、本作ではプレイヤーの行動が徳と結びついています。弱い敵を無意味に攻撃する、盗む、逃げる、嘘をつく、献血をする、困っている者を助ける。そうした行動が、ただのロールプレイ上の気分ではなく、ゲームの進行に関わってきます。つまり、『Ultima IV』は「プレイヤーは何をしたか」を見ています。どれだけ強くなったかだけでなく、どのような人間として振る舞ったかを問うのです。

もちろん、1985年の作品なので、今見ると画面も操作もかなり古いです。現代的な演出や親切なUIはありません。それでも本作には、RPGの目的を大きく変えた力があります。敵を倒す英雄ではなく、徳を体現する人物を目指すRPG。その発想こそが『Ultima IV』の最大の特徴です。

当時なぜ重要だったのか

『Ultima IV』が当時重要だったのは、RPGの目的を「悪を倒すこと」から「善くあること」へずらしたからです。1980年代のコンピュータRPGには、『Wizardry』のようなダンジョン探索型の作品や、『Ultima』シリーズ自身のように世界を探索し敵と戦う作品がありました。そうした中で『Ultima IV』は、プレイヤーに強さだけでなく道徳的な振る舞いを求めました。

RPGというジャンルは、経験値、レベル、装備、魔法、戦闘によって成長を表現してきました。プレイヤーは敵を倒すほど強くなり、強くなるほどより強い敵を倒せるようになります。この構造は非常に分かりやすく、今でも多くのゲームに受け継がれています。しかし『Ultima IV』は、そこに「人格の成長」という別の軸を持ち込みました。

本作では、アバタールになるために八つの徳を理解し、実践する必要があります。これは単なる設定上の飾りではありません。町での行動、会話、寄付、戦闘中の判断、ダンジョン探索が、プレイヤーの徳に関わってきます。つまり、ゲームシステムがプレイヤーの倫理的態度を評価する構造を持っていました。これは当時として非常に珍しいものでした。

Richard Garriottは、過去作に対する反応や、プレイヤーの行動の自由がもたらす問題を意識していたとも語られます。RPGで自由に行動できるなら、プレイヤーは町の人を攻撃したり、盗んだり、利己的に振る舞ったりできてしまう。では、ゲームはそれをどう扱うのか。『Ultima IV』は、その問いに対して「徳」というシステムを用意しました。これは、自由な世界に倫理的な意味を与える試みでもありました。

また、本作は物語の敵役に頼らず、プレイヤー自身の内面を目的にした点でも重要です。強大なラスボスを倒すことがカタルシスになるゲームは多くあります。しかし『Ultima IV』では、最終的に問われるのは、プレイヤーがどのように世界と関わってきたかです。この構造は、後の道徳選択型RPGや、プレイヤーの選択を重視する作品の先駆けとして見ることができます。

さらに、ブリタニアという世界が、ただの冒険の舞台ではなく、倫理を学ぶ空間になっていることも大きな意味を持ちました。各地の町や神殿、徳の概念、仲間たちが、RPG世界を単なる戦闘マップ以上のものにしています。ファンタジー世界を歩きながら、善とは何か、勇気とは何か、謙遜とは何かを考える。この方向性は、当時のゲームとしてかなり野心的でした。

『Ultima IV』は、RPGがプレイヤーに「何を倒したか」だけでなく、「どう生きたか」を問えることを示した作品です。その意味で、ゲーム史の中でも非常に特別な位置にあります。

今から遊んでも面白いポイント

今『Ultima IV』を遊ぶと、まず古さに驚くはずです。グラフィックはシンプルで、操作も現代のRPGほど親切ではありません。会話はキーワード入力に近く、何を聞けばよいか分からないこともあります。地図を覚えたり、メモを取ったり、町の人の言葉を整理したりする必要があります。今のゲームのように目的地マーカーが常に案内してくれるわけではありません。

それでも今遊んでも面白いのは、RPGの目的が根本的に違うことを実感できるからです。普通のRPGなら、敵を倒し、宝を集め、強くなれば進んでいる気がします。しかし『Ultima IV』では、それだけでは足りません。自分がどう行動しているのか、徳に反していないか、何を学んだのかを考える必要があります。この違和感が、本作の魅力です。

町の人との会話も、今では独特に感じられます。現代のRPGでは、重要なNPCにはマークが付き、選択肢を選べば必要な情報が得られることが多いです。しかし本作では、誰に何を聞くかをプレイヤーが考えます。名前、仕事、徳、噂、場所、マントラ。手がかりを集める作業は手間がかかりますが、そのぶん、自分で世界を調べている感覚があります。

また、八つの徳という仕組みは、今見ても新鮮です。誠実、慈悲、勇敢、公正、献身、名誉、霊性、謙遜。これらは、単純な善悪メーターとは違います。勇敢であることと謙遜であることは、時に緊張関係を持ちます。慈悲と公正も、必ずしも同じ方向を向くとは限りません。本作は、倫理を一つの数値に単純化するのではなく、複数の徳として扱っている点が面白いのです。

もちろん、今から快適に遊べるゲームではありません。攻略情報なしで進めるにはかなりの根気が必要です。戦闘や移動にも時間がかかりますし、古典RPG特有の不親切さがあります。忙しい大人が完全自力で最後まで遊ぶには、相当な時間と忍耐が必要でしょう。

しかし、数時間触れるだけでも、本作の異質さは分かります。RPGで町の人に話を聞き、徳について考え、単なる戦闘ではない目的を追う。この体験は、現代のRPGに慣れた人ほど強く感じられるはずです。『Ultima IV』は、快適さで今のゲームに勝つ作品ではありません。RPGとは何を目指せるジャンルなのかを考えるために触れる価値がある作品です。

大人になってから刺さるポイント

30代から50代の大人が『Ultima IV』に触れると、若い頃とは違う部分が刺さります。若い頃なら、広い世界、ファンタジーの冒険、古典RPGとしての難しさに注目したかもしれません。しかし大人になると、本作は「善く生きるとは何か」をゲームの形で問う作品として響きます。

大人になると、正しさは単純ではないことが分かってきます。勇気を持つことは大切ですが、無謀になれば人を傷つけます。誠実であることは大切ですが、正直さが誰かを苦しめることもあります。慈悲は必要ですが、公正さを失えば別の不公平を生むかもしれません。『Ultima IV』の八つの徳は、そうした複雑さを思い出させます。

本作は、プレイヤーに完璧な聖人になれと言っているようで、実際には「自分の行動を意識せよ」と言っているように感じられます。敵を倒す、盗む、逃げる、寄付する、助ける、嘘をつかない。ゲームの中では単純な行動でも、それが徳に関わると、プレイヤーは少し立ち止まります。これは、大人が日常で感じる判断にも通じます。誰も見ていないところでどう振る舞うか。得をするために小さな不正をするか。面倒でも誰かを助けるか。

また、本作の「アバタール」という概念も、大人には興味深く映ります。アバタールは、敵を倒した英雄というより、徳を体現する存在です。現代ではアバターという言葉は、ゲームやネット上の分身として広く使われています。しかし『Ultima IV』におけるアバタールは、単なる操作キャラクターではなく、理想の人格に近づく者です。これは、デジタル空間で自分がどう振る舞うかという現代的な問題にもつながって見えます。

仕事や家庭、社会の中で、強さだけでは信頼されないことを大人は知っています。能力が高くても、誠実さがなければ人は離れます。勇気があっても、謙遜がなければ傲慢になります。成功しても、献身や公正さを失えば孤立します。『Ultima IV』は、RPGの形を使って、そうした人間の基本を問います。

『Ultima IV』は、大人になってから遊ぶと、単なる古典RPGではありません。レベルや装備の強さではなく、人としての在り方をゲームの目的にした作品です。その問いは、今の複雑な社会を生きる大人にとっても、決して古くありません。

自分で遊ぶべきか、実況で見るだけでもよいか

『Ultima IV』は、実況や動画で見てもゲーム史的な意味は理解できます。八つの徳、アバタールの概念、ブリタニア、Richard Garriottの設計思想、RPGの目的を変えた作品としての位置づけは、解説動画でも十分に伝わります。古いApple II時代のRPGに抵抗がある人は、まず動画で雰囲気を知るのもよいでしょう。

ただし、この作品はできれば自分で少しでも触れた方がよいです。理由は、徳を問われる感覚は自分の操作でこそ意味を持つからです。誰かが慈悲を選ぶのを見るのと、自分が敵にどう向き合うかを選ぶのとでは違います。誰かが町の人に話を聞くのを見るのと、自分が何を尋ねるべきか迷うのとでも、受け取り方は変わります。

特に、本作の不便さは、ある程度体験した方が意味があります。手がかりが自動で整理されない。会話も親切ではない。どこへ行けばよいか分からない。これは現代的な快適さから見れば欠点ですが、同時に、世界を自分で調べる感覚につながっています。すべてをシステムが案内してくれるRPGとは違うのです。

一方で、全編を自力で遊び切る必要はありません。今の大人が攻略情報なしで最後まで進めるには、かなりの時間がかかります。忙しい人なら、序盤だけ触れ、会話や徳の仕組みを体験し、その後に解説や攻略情報で全体像を補う方法も現実的です。重要なのは、本作が何を問おうとしているのかを自分の操作で少し感じることです。

実況で見る場合は、単なるクリア動画よりも、八つの徳の意味、当時のRPGとの違い、『Wizardry』や『Dragon Quest』との比較、後の『Ultima VII』への流れを説明しているものが向いています。本作の魅力は、戦闘やダンジョン攻略だけではなく、RPGの目的を倫理へ向けたことにあります。

未経験なら、最初から全部理解しようとしなくても大丈夫です。町で人に話しかけ、世界を歩き、徳という言葉がゲームの中でどう扱われているかを見るだけでも、『Ultima IV』の異端性は伝わります。

今遊ぶならどの方法が現実的か

今『Ultima IV』を遊ぶなら、正規版、公式配信、PC版、リマスター版や関連版など、自分の環境に合う方法を確認するのが現実的です。初出はApple IIですが、その後、複数のPC環境や移植版、関連コレクションなどで触れられる可能性があります。ただし、配信状況、対応機種、価格、収録内容、操作性、画面表示、言語対応、現行OSでの動作は時期や販売形態によって変わる可能性があります。購入や加入の前には、必ず公式ストアや正規販売情報を確認してください。

入力情報にはSteamやGOGなどのPC版という材料がありますが、実際にどのストアでどの版が提供されているかは時期によって変わります。古典PCゲームは、現行環境で動かしやすいように調整された版が提供される場合もありますが、操作方法や表示、説明書の有無、日本語対応には注意が必要です。記憶だけで判断せず、現在の正規販売状況を確認してください。

オリジナルに近い形で遊ぶ場合は、1980年代コンピュータRPGの空気を直接味わえることが魅力です。キーボード操作、簡素な画面、手探りの会話、メモを取りながら進む感覚は、本作の思想と結びついています。一方で、快適さを重視するなら、後年の移植版や解説付きの環境、あるいはシリーズの後続作から入る方が遊びやすい場合もあります。

中古パッケージを探す方法もあります。当時の箱、マニュアル、地図、関連資料を含めて所有したい人には大きな価値があります。特に古典RPGは、マニュアルや付属物がゲーム体験の一部になっていることもあります。ただし、古い媒体や対応機種、動作環境には注意が必要です。プレイ目的なら、まず正規配信や公式情報を確認し、そのうえでコレクションとして中古を検討するのが現実的です。

このサイトでは、ROM配布、非公式ダウンロード、違法な入手方法などは扱いません。『Ultima IV』は、アバタールの徳を問う構造でRPGの目的を変えた重要作です。だからこそ、正規の方法で、自分に合った環境を選んで遊ぶ意味があります。

似た作品・次に触れたい作品

『Ultima IV』に触れたあと、まず比較したいのは『Ultima VII』です。同じ『Ultima』シリーズの後続作として、ブリタニアという世界の生活感、会話、社会性、インタラクションをさらに発展させた作品です。『Ultima IV』が徳を通じてRPGの目的を変えた作品なら、『Ultima VII』は世界そのものの密度や生活感によって、RPGの没入感を高めた作品です。シリーズの思想がどのように広がったかを見るうえで重要です。

『Wizardry』も、古典RPGを考えるうえで外せません。『Wizardry』は、ダンジョン探索、パーティ編成、戦闘、成長、緊張感を重視した作品であり、コンピュータRPGの基礎を作りました。『Ultima IV』と比べると、RPGが何を目的にするかの違いがよく分かります。『Wizardry』が危険な迷宮を攻略するRPGなら、『Ultima IV』は世界を歩き、徳を学ぶRPGです。

『Dragon Quest』も、比較対象として面白い作品です。日本のRPGを広く普及させた作品であり、勇者が成長し、魔王を倒すという分かりやすい構造を持っています。『Ultima IV』と『Dragon Quest』を並べると、同じRPGでも、英雄譚として進む道と、倫理的な自己形成を問う道があることが見えてきます。日本のRPGに慣れた読者ほど、『Ultima IV』の異質さが分かりやすいでしょう。

『Ultima IV』は、今遊ぶと古い作品です。画面も操作も不親切で、現代のRPGの快適さとは大きく違います。しかし、悪を倒すより徳を問うという発想は、今でも驚くほど鋭いものです。プレイヤーが何を倒したかではなく、どう振る舞ったかを問うRPGは、現在でも決して多くありません。

30代から50代の大人が今触れるなら、『Ultima IV』は単なる古典RPGではありません。誠実、慈悲、勇敢、公正、献身、名誉、霊性、謙遜という徳を通じて、ゲームがプレイヤーの人格的な選択を問えることを示した作品です。ブリタニアの古い画面の奥には、RPGがただの冒険ではなく、善く生きることを考える場にもなり得るという、今なお新鮮な問いが残っています。

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